i

ンマリノ共和国の歴史 

ビデオテープ『NEMINI TENERI』から抽出

© Copyright by V.E. Pizzulin & M. Cecchetti

San Marino

1

15世紀:サンマリノ、ピオ教皇2世と結託、領地を2倍に       

         前へ   次へ  

Boutros Boutros-Ghali

周辺では君主統治が繁栄するなか、サンマリノだけは自治都市のままであった。

リミニのシジスモンド、ウルビーノのフェデリコは主権者として彼らの領地を小国家として再編成し、居城を豪華絢爛に飾り立てるなどまるで国王気取りであった

彼らにとって戦攻略は、あらゆる規則やモラルを取り去った芸術であり知的なゲームであった。

サンマリノはその両者に抵抗した。敵の追従と策略を回避しながら、自国とそれらとの違いを訴え、自国を「共和国」と定義し「共和国は民主国家である」と唱えながら、自治体としての位置を確固たるものにしていった

サンマリノを外敵から守る、高くそびえる城壁にさらに防壁を建設し、そこの兵士は常に目を光らせ、武器をピカピカに研磨し、戦の始まりを意味するグアイタの鐘が鳴る日に備えていた。 

サンマリノには武器が豊富にあり、任期6ヶ月の2名の司政長官は強力な新型石弓を所持していた。また、渇水や飢餓の脅威に苛まれながら、市民は傭兵をすることで武器の使い方も習得していった。

善行苦行を積み重ね、自らの信条を手にサンマリノは時代の鍵を握るまでになった。 

そして悪行にはすばやく目をつけ威嚇した。

1463年、マラテスタ家が教皇とモンテフェルトロに挟まれ困難な状況になり、サンマリノは攻撃を開始した結果、この一つの勝利だけでサンマリノの面積は二倍に拡大した。やがて戦いは終わり、マラテスタ家を筆頭に、全ての領主が落胆し武器を捨て降伏した。

リミニには枢機卿が到着した。

 

San Marino                                       次へ   

2

NEMINI TENERI

3

Beatus Marinus

4

Consules  1243

5

Malatesta Montefeltro Albornoz

6

 Respublica

7

 Della Rovere

8

 Bembo Addison

9

 Napoleone

10

 Napoleone III Garibaldi

11

UN (ONU)